酒蔵を支える職人 杜氏 ―酒造りに注がれる情熱―【後編】

▲杜氏 八島 公玲さん
埼玉県出身。平成7年に株式会社西山酒造場入蔵。平成15年から杜氏に就任。

技術だけでなく、人づくりの役割

 私が大学を出た頃は就職氷河期に差し掛かった年代でした。当初は教育関係の仕事を希望していたのですが、就職活動の中で酒蔵の紹介が何社かありました。酒蔵で働く人は特殊性や忍耐力が要求され、他の職種とは全く異なる世界というイメージがありましたが、特殊な職業分野に興味を持ち、当蔵に就職を決めました。
 酒蔵に入ってすぐに、やはり厳しい世界だと実感しました。主に冬場に酒づくりをしますので、10月から翌年4月末まで休日はありません。さらに、酒造りは早朝から深夜までの作業になりますし、杜氏・蔵人全員が共同生活を送ります。一日の作業が終わっても、食事や風呂などはすべて杜氏が優先で、気を抜く暇はありませんでした。
 後に杜氏になるため、杜氏の四天王と呼ばれる桝田酒造店(富山県)の故三盃幸一氏のもとで修業し、杜氏は技術だけでなく、人づくりの大切な役割がある、「酒造りは人づくり」と教わりました。
 当蔵の杜氏になってからも、先代の杜氏から学んだ丹波杜氏流と三盃杜氏の能登流の教えを大切にして、日々酒造りに励んでいます。また、一昔前のような職人の背中を見て技術を「盗む・学ぶ」だけではなく、技術や手法など必要なことはマニュアル化して次代へ受け継ぐことが大切だと感じています。

▲【蒸米を搬出】米は釜の蒸気によって蒸す。

▲【麹づくり】蒸米に麹菌をふりかけて繁殖させる。

四季を通しておいしい酒を届けたい

 当蔵の社長は時代背景とともに酒造りの概念や、蔵人の働き方も変えてこられた先駆者でした。当蔵では、これまで冬の時期だけ酒造りを行っていましたが、多様化するお客さんのニーズに合わせ、いつでも一番おいしい酒を届けたいという思いから、フレッシュローテーションという四季醸造を取り入れました。しかし、伝統や技術を受け継ぎ守り続けながら、蔵人の働き方や酒造りのローテーションを変えることは大変でした。酒造りに向き合う「人の考え方」や「人の心」を根気強く変えてこられたことで、私たちの働き方は入蔵当時と比べて大きく変わりました。
 また、昔は女人禁制と言われた酒蔵ですが、近年は若い人や女性が増えました。入蔵した若い人たちも情報化社会とあっていろんな情報や知識を酒造りの開発に積極的に取り入れ、研究熱心だと感心しています。
 酒造りの長い歴史のなかでも、酒の種類や好まれるものも多様化していますが、どんな時代でも変わらないのは「おいしい」と言っていただけるお客さんの笑顔です。これからも「明るく、楽しく」をモットーに、新しい酒文化の創造を目指し、「当蔵の酒といえば、フレッシュな酒」と、皆さんに認知していただけるような酒造りに挑戦していきます。